自発的な残業」を黙認してきた会社が今すぐすべき是正対応

自発的な残業」を黙認してきた会社が今すぐすべき是正対応 労務管理
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「うちの社員は仕事が好きで、自分から残っているだけだから」——そう思って、長時間労働を見て見ぬふりにしてきた経営者・人事担当者は少なくありません。しかし法律の視点では、「本人が自発的にやっている」という事実は、会社の責任を免除しません。むしろ黙認してきた期間が長いほど、未払い残業代請求・労災・行政指導のリスクは蓄積しています。この記事では、長時間労働是正の手順と、やりがちな落とし穴を実務ベースで解説します。

「自発的な残業」でも会社は責任を問われる理由

「頼んでいない」「本人が好きでやっている」という主張は、法的には通用しないケースがほとんどです。労働基準法は、使用者が明示的に命じていなくても、状況から見て残業を認識・黙認していたと判断できる場合、使用者責任を認めています。

黙示的指示とはどういう状態か

裁判例において繰り返し問題にされてきたのが「黙示的指示」という概念です。使用者が口頭で残業を命じていなくても、以下のような状況が認められれば、実質的に残業を指示・承認したとみなされます。

  • 長時間労働の実態を経営者・上司が目にしていながら、是正措置を取らなかった
  • 業務量や納期の設定上、定時内に業務を完了させることが客観的に不可能な状態だった
  • 長時間労働を前提にしたプロジェクト管理やシフト設計をしていた
  • 残業を行っている社員を評価・称賛する文化があった

「うちは残業代を出さなくていい」という認識で放置してきた場合、その期間すべてが未払い賃金として請求対象になりえます。

労働時間の把握は「法的義務」である

2019年4月施行の労働安全衛生法第66条の8の3により、使用者はすべての労働者(管理監督者を含む)の労働時間を客観的な方法で把握する義務を負っています。タイムカード・ICカード・PCのログイン・ログアウト記録・勤怠管理システムなどがこれにあたります

「本人の自己申告だけ」「記録自体がない」という状態は、この義務を果たしていないことになります。記録がないこと自体が、行政指導や是正勧告の対象になりえる点を認識しておく必要があります。

過去の未払い残業代はどこまで遡れるか

2020年4月の民法改正に伴い、賃金請求権の消滅時効は3年に延長されました(労働基準法第115条の経過措置)。つまり現時点から過去3年分の未払い残業代を請求されるリスクがあります。黙認期間が長ければ長いほど、潜在的な負債は大きくなります。

現時点での労務リスクを把握せずに対応を進めると、想定外の請求に直面する可能性があります。専門家と一度整理しておくことが、後々の混乱を防ぎます。

36協定があっても「安全圏」ではない理由

「36協定を締結しているから残業させても大丈夫」という認識は、中小企業に根強く残っている誤解の一つです。36協定はあくまで法定時間外労働に対する「免罰効果」を持つにすぎず、それ自体が長時間労働を無制限に許可するものではありません。

上限規制の枠を超えると罰則がある

2019年4月(中小企業は2020年4月)から、時間外労働の上限が労働基準法第36条で法定化されました。特別条項付きの36協定を締結していても、以下の上限を超えることは法律違反となり、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が適用されます。

区分 上限
原則(特別条項なし) 月45時間・年360時間
特別条項あり(年間上限) 年720時間
単月の上限(休日労働含む) 100時間未満
複数月平均(休日労働含む) 80時間以内

36協定の更新漏れは「違法状態」を意味する

36協定は通常1年更新です。更新を失念していた場合、有効な協定が存在しない状態で時間外労働をさせていることになり、労働基準法違反(第32条)に直接抵触します。まず最初に確認すべきことの一つが、協定の有効期限と届出状況です。所轄の労働基準監督署に届出が受理されているかどうか、直近の有効期間がいつまでかを確認してください。

特別条項の「発動回数」も管理が必要

特別条項を発動できるのは、原則として年6回までです。毎月発動しているような状態は、特別条項の趣旨を逸脱しており、形式的に協定があっても実態は違法と判断されるリスクがあります。発動記録を残していない会社は、この点でも是正が必要です。

是正の前に確認すべき現状把握のポイント

是正に動き出す前に、自社の現状を正確に把握することが不可欠です。何が問題で、どこから手をつけるかを整理しないまま「ノー残業デーを設ける」だけでは、根本的な解決になりません。

実態の労働時間をどう把握するか

勤怠記録が整っていない場合は、まず実態把握から始めます。PCのログイン・ログアウト記録、入退館記録、メール・チャットのタイムスタンプなど、客観的な証跡になりうるデータを洗い出してください。「何時間働いているかわからない」という状態では、是正の基準を設定することができません。

勤怠管理システムを導入していない場合、まずExcelや無料の勤怠ツールでも構いません。重要なのは「客観的な記録」が存在することです。

業務量と人員配置のバランスを確認する

長時間労働が常態化している場合、多くのケースで「業務量に対して人手が足りていない」という構造的な問題があります。残業を禁止するだけでは、仕事が終わらない・品質が落ちる・社員の不満が高まるという悪循環に陥ります。

是正と同時に、業務の棚卸し・優先順位の見直し・外注や採用の検討を並行して進めることが、現実的な是正につながります。

就業規則・労働契約の内容を確認する

就業規則に残業の取り扱いが明記されているか、時間外手当の計算方法が適正かを確認します。固定残業代(みなし残業)を導入している場合、その設計が適法かどうかも見直しが必要です。固定残業代は、対象となる残業時間数と金額が就業規則・雇用契約書に明記されていることが最低条件です。

実際に是正を進めるための手順

現状把握が終わったら、段階的に是正を進めます。一度に全部変えようとすると、現場の混乱と反発を招きます。優先順位をつけて、着実に進めることが重要です。

まず記録の仕組みを整える

最初にやるべきことは、労働時間の客観的な記録体制の整備です。勤怠管理システムの導入が理想ですが、導入コストや工数がかかる場合は、PCログや入退館記録と自己申告の照合ルールを設けるだけでも前進です。

重要なのは「記録を管理職が確認し、上限を超えていれば声をかける」という運用ルールをセットにすることです。記録するだけで誰も見ていない状態では、是正になりません。

社員への説明とコミュニケーションの設計

是正を進める際に多くの会社が躊躇するのが、社員への説明です。「残業代が減る」「仕事が終わらなくなる」という反発を恐れる気持ちは理解できますが、説明なしに突然ルールを変えることの方がリスクは大きくなります。

伝えるべきポイントは三つです。まず是正の理由(法令遵守・社員の健康保護)、次に業務の進め方をどう変えるか(業務量の見直しをセットで行う)、そして移行期間をどう設定するかです。「命令に従え」という姿勢ではなく、「一緒に働き方を見直す」という対話のトーンで進めることが、反発を最小化するコツです。

従業員規模・体制別の対応の違い

会社の状況によって、取れる手段が異なります。自社の状況に照らして判断してください。

  • 従業員50人以上の場合:産業医の選任が義務付けられており、月80時間超の時間外労働者への医師面談が義務になります。産業医と連携した健康管理体制の整備が必須です。
  • 従業員50人未満の場合:産業医の選任義務はありませんが、長時間労働が続く社員への健康配慮義務(労働安全衛生法第69条)は適用されます。地域産業保健センターの無料相談を活用することも選択肢の一つです。
  • 就業規則がない(常時10人未満):法的には就業規則の作成義務はありませんが、労働条件通知書の整備と36協定の締結は必要です。

是正後の「運用定着」が最大の課題

是正のルールを整備しても、運用が定着しなければ意味がありません。多くの会社が「制度は作ったが現場が変わらない」という状態に陥ります。

管理職への研修と権限付与

長時間労働の是正は、経営トップが旗を振るだけでは動きません。各チームのマネージャー・リーダーが「部下の労働時間を管理することも仕事の一部だ」と理解し、実際に行動できることが必要です。

「部下が残業していても声をかけにくい」という管理職が多い場合は、声のかけ方・業務量の調整方法を具体的に伝えるミニ研修が有効です。

月次でのモニタリングと経営報告

是正後も、月次で時間外労働の実績を集計し、上限に近づいている社員を把握する仕組みを作ることが重要です。特に月45時間・月80時間・月100時間という節目を超える社員が出た場合のアラートとエスカレーションのルールを明確にしておきます。

この集計を経営者が毎月確認することで、「知らなかった」という状態を防ぎ、黙示的指示と認定されるリスクを大幅に下げることができます。

メンタルヘルスへの影響を見落とさない

長時間労働が続いた社員は、是正後も心身に疲弊を抱えているケースがあります。「残業が減ってほっとした」と感じる社員がいる一方で、「仕事が終わらず焦りが増した」「急に仕事のペースが変わって調子を崩した」という社員も出てきます。

是正と並行して、社員のメンタルヘルス状態を把握するアンケートや、相談しやすい窓口の設置を検討することが、健全な職場づくりにつながります。

是正と運用定着は、人事だけで判断すべきではありません。経営判断と現場の実感を一度に整理し、バランスの取れた対応を設計することが、成功の鍵になります。

まとめ

「自発的な残業」を黙認してきた会社には、未払い残業代・労災・行政指導という三つのリスクが潜在的に積み上がっています。「本人が好きでやっている」という認識は法的に免責の根拠にならず、黙示的指示と判断されるケースは珍しくありません。是正の入口は、まず36協定の有効性確認と、客観的な労働時間記録の整備です。そこから業務量の見直し・社員への説明・運用定着へと、段階を踏んで進めることで、現場の混乱を最小化しながら是正を実現できます。

「何から手をつければいいかわからない」「自社の状態がどのくらいリスクが高いのか判断できない」という場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。専任人事のいない中小企業の状況を踏まえ、優先順位の整理・就業規則の見直し・社員へのコミュニケーション設計まで、実務に即したサポートを提供しています。まずは状況をお聞かせいただくことから始められます。

よくある質問

Q. 社員が「残業代はいらない、自分でやりたいだけだ」と言っています。それでも会社に責任がありますか?

A. あります。労働基準法上、賃金請求権は社員が放棄することができないと解釈されており(最高裁判例・シンガー・ソーイング・メシーン事件参照)、「払わなくていい」という合意も原則として無効です。また、健康障害が発生した場合の会社の安全配慮義務(労働契約法第5条)は、社員の同意があっても免除されません。

Q. 今から是正に動くと、「今まで違法だった」と認定されて過去の残業代を請求されませんか?

A. 是正に動いたこと自体が請求の原因になるわけではありません。未払い残業代の請求権は是正の有無にかかわらず発生しており、時効(現在3年)の範囲内であれば社員はいつでも請求できます。是正に動くことで「今後の違法状態を止める」ことができ、リスクの拡大を防ぐことにつながります。是正前に労務リスクの全体像を専門家と確認しておくことをお勧めします。

Q. 勤怠管理システムを導入するお金も工数もないのですが、何か代替策はありますか?

A. 低コストでの対応は可能です。PCのログイン・ログアウト記録や入退館ログを「客観的記録」として補完的に使い、自己申告との照合ルールを整備するだけでも、まったく記録がない状態より大幅に改善されます。また、クラウド型の勤怠管理ツールは月額数百円から利用できるものも多く、従業員数が少ない会社であれば初期コストを抑えた導入が現実的です。

Q. 長時間労働をしていた社員がメンタル不調になった場合、会社はどう対応すればよいですか?

A. まず「本人の訴えを真摯に受け止める」ことが最初の対応です。長時間労働が原因・誘因と考えられる場合、労災申請のサポートや、休職制度の案内が必要になります。50人以上の会社では産業医への相談が義務、50人未満の場合は地域産業保健センターの無料相談が利用できます。放置すると安全配慮義務違反に問われるリスクがあるため、早期に専門家を交えた対応を始めることが重要です。

Q. 管理職(課長・部長職)の残業は管理しなくてもよいのでしょうか?

A. 管理監督者に該当する場合、労働基準法上の労働時間・休憩・休日の規定は適用外になりますが、労働時間の「把握義務」は2019年の法改正以降、管理監督者にも適用されます。また、管理監督者の要件(経営方針への関与・処遇・勤務の裁量)を満たさない「名ばかり管理職」の場合、一般社員と同様に残業代の支払い義務が生じます。役職名だけで判断せず、実態を確認することが必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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