在籍出向の給与引き下げ|決定権と3つの手続きを解説

在籍出向の給与引き下げ|決定権と3つの手続きを解説 労務管理
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「出向先から『うちの業績が厳しいので、出向者の給与を下げてほしい』と連絡が来た——さて、これは誰の問題で、誰が決めることなのか。」こうした場面に初めて直面すると、出向元の人事担当者は判断の手がかりすら見つからず、対応が後手に回りがちです。在籍出向における給与引き下げは、出向元・出向先・本人の三者が関わる複雑な手続きが必要であり、手順を誤ると労務トラブルに発展するリスクがあります。本記事では、給与決定権の所在から本人同意の取り方、整備すべき書類まで、実務に即して解説します。

在籍出向における給与決定権は「出向元」にある

在籍出向の場合、給与の決定権は原則として出向元にあります。出向先が単独で給与を引き下げることはできません。

在籍出向の法的構造を理解する

在籍出向とは、労働者が出向元との雇用契約を維持したまま、出向先の指揮命令のもとで働く形態です。この構造では、出向元と出向先の双方と労働契約関係が継続する「二重の契約関係」が生じます。そのため、「どちらが給与を決めるのか」は一律に決まらず、出向協定の内容と実態によって異なります。ただし、一般的な実務では次のように整理されています。

項目原則的な取り扱い
給与を支払う主体出向元が支払い、出向先が費用を負担する形が多い
給与額を決定する権限出向元の就業規則・雇用契約が基準
出向先が変更を求める場合出向元と出向先が合意し、かつ本人の同意が必要

出向先が「自由に給与を決められる」は誤解

出向先は日々の業務指示(労務指揮権)を持ちますが、それは給与決定権とは別物です。出向先の業績悪化は給与引き下げの「理由」になりえますが、それだけで出向先が単独で給与を変更・決定することはできません。出向元が関与せず出向先主導で引き下げを実施した場合、出向元との労働契約違反や不法行為に問われるリスクがあります。出向先から要請を受けた出向元が「どこまで応じる義務があるのか」と混乱するケースは多いですが、まず確認すべきは出向協定の内容です。

中小企業で起きやすい「協定の空白」問題

中小企業では、出向協定そのものが存在しない、あるいは給与負担割合の記載はあっても「給与変更時の手続き」が規定されていないケースが少なくありません。この状態で給与引き下げを進めようとすると、手続きの根拠が曖昧になり、後のトラブルで「合意の証拠がない」と指摘されるリスクが高まります。出向協定の整備状況を今一度確認することが、対応の出発点になります。

給与引き下げに「本人同意」は必須か

給与引き下げは労働条件の不利益変更にあたるため、原則として本人の同意が必要です。業績悪化という合理的な理由があっても、同意なしに一方的に引き下げることはできません。

労働契約法が定める不利益変更のルール

労働契約法第9条は「使用者は、労働者との合意なく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定めています。また同法第10条では、就業規則の変更によって不利益変更を行う場合には「変更の合理的な理由」と「労働者への周知」が必要とされています。給与引き下げはこの不利益変更に該当するため、合意なしに実施すると後から無効と判断されるリスクがあります。

「黙って受け取り続けたら同意」は通じない

給与が引き下げられた後、労働者が異議を唱えずに受け取り続けたとしても、それだけでは有効な同意とは認められない場合があります。最高裁判決(山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日)でも、「自由な意思に基づく合意かどうか」を厳格に判断することが示されています。「黙示の同意」に依存した対応は法的リスクが高く、書面による明示的な同意取得が不可欠です。

「同意しなければ解雇」は絶対に避ける

同意取得の際に「応じなければ解雇する」「出向を解除する」といった圧力をかけた状況下での同意は、後に「自由な意思に基づかない」として無効とされるリスクがあります。本人が自発的に判断できる環境を整え、十分な説明と検討の時間を確保することが重要です。

給与引き下げに必要な3つの手続き

在籍出向における給与引き下げを適法に実施するには、出向協定の変更・個別同意書の取得・就業規則の確認という3つの手続きを順に整える必要があります。

出向協定の変更または新規締結

まず着手すべきは、出向元と出向先の間で交わす出向協定の整備です。既存の出向協定に給与変更に関する規定がない場合は、今回の変更に際して条項を追加します。記載すべき内容は、引き下げ後の給与負担割合、変更の理由、変更時期、そして「変更には本人の書面同意を要する」という手続き要件です。この協定が土台となり、以降の本人対応の根拠になります。

本人への説明と書面による同意取得

次に、本人に対して給与引き下げの内容を丁寧に説明し、書面(同意書)で合意を取得します。同意書には次の情報を明記することが重要です。

  • 引き下げの理由(出向先の業績状況など、具体的な背景)
  • 引き下げ前後の給与額
  • 変更の時期
  • 変更が一時的なものか恒久的なものか
  • 業績回復時の賃金回復条件(設定できる場合)

「業績が悪いから下げる」という一言で済ませると本人の納得が得られず、後に「説明が不十分だった」と争われる原因になります。特に、引き下げが一時的なものであれば「業績が回復した場合は元の水準に戻す」と明示することで、本人の納得度は大きく上がります。

就業規則・給与規程の変更確認

給与の変更が就業規則や給与規程の記載内容と連動している場合は、規程の変更手続きも必要です。就業規則を変更する場合、労働基準法に基づき、労働者代表の意見聴取・労働基準監督署への届出・労働者への周知という手順が求められます。従業員が10名未満で就業規則の作成義務がない場合でも、個別の雇用契約書に給与額が明記されているときは、契約書の変更合意書を交わす必要があります。

出向元として「どこまで応じるか」の判断基準

出向先から給与引き下げの要請があった場合、出向元は要請をそのまま受け入れる義務はありません。出向協定の内容と本人への影響を踏まえ、適切な範囲で対応を判断することが求められます。

出向協定に「業績悪化時の対応」が書かれているか確認する

出向協定に「出向先の経営状況が著しく悪化した場合、双方で協議のうえ給与水準を見直す」といった条項がある場合、出向元は一定の協議義務を負います。一方、そのような条項がない場合、出向先の業績悪化はあくまで「事情」であり、出向元が応じるかどうかは任意の判断になります。まず協定の文言を確認し、どの立場で交渉に臨むのかを明確にしましょう。

不利益の程度によって必要な説明の厚みが変わる

引き下げ幅が大きいほど、本人への説明の丁寧さと代替措置の検討が重要になります。たとえば月給の5~10%程度の引き下げと、20~30%を超えるような大幅な引き下げとでは、本人が同意するための合理的な理由の説明の水準が異なります。引き下げ幅が大きい場合は、一時的な措置であることの明示、段階的な引き下げの検討、諸手当での補填の可否なども含めて検討することで、本人の納得を得やすくなります。

出向先が「産業医不在・就業規則未整備」の場合の注意点

出向先が小規模で産業医の選任義務がない(常時50名未満)、または就業規則の作成義務がない(常時10名未満)場合、出向先の社内規程を根拠に給与変更を進めることが難しくなります。このような場合でも、出向元の規程と個別の同意書を根拠とすることは可能です。ただし、出向先の内部整備状況に依存しない手続きを出向元側で用意しておくことが重要です。

出向協定が曖昧なまま進めると、後のトラブル対応に時間と費用がかかります。手続きに不安があれば、早めに専門家の確認を受けることをお勧めします。

本人への伝え方——納得を引き出す実務の進め方

給与引き下げを本人に伝える際は、事実を伝えるだけでなく、背景・理由・今後の見通しをセットで説明することが、トラブル回避の鍵になります。

面談前に「説明できる内容」を整理しておく

本人との面談に臨む前に、出向先の業績状況(具体的な数字は開示できる範囲で)、引き下げ額と変更時期、引き下げが一時的か恒久的か、業績回復後の扱い、同意書の内容——これらを文書化しておきます。面談の場で「詳細は追って連絡します」という対応が続くと、本人の不安や不信感が高まり、同意取得が難航します。

面談は必ず二者間で、記録を残す

本人への告知は口頭のみで済ませず、面談の場に説明資料(変更内容の書面)を持参し、内容を読み合わせながら説明します。面談後は内容の概要をメールや面談記録として残しておきましょう。万が一後から「そんな説明はなかった」という主張が出た際の証拠になります。面談には必ず出向元側の担当者が同席し、出向先任せにしないことが重要です。

同意書の署名は「強要ではなく選択」として位置づける

同意書を渡す際は、「この内容に合意いただければ署名してください。疑問点があればいつでも質問してください」という姿勢を示します。その場で即答を求めず、数日程度の検討時間を設けることが、後の「強要があった」という主張を防ぐうえで有効です。本人が顧問社労士や外部の相談窓口に確認する時間を設けることも、自由な意思による同意の証拠になります。

給与引き下げは、経営判断だけでなく労働法の知識と丁寧な手続きが必須です。判断に迷ったら、人事の専門家に相談する選択肢も検討してください。

まとめ

在籍出向における給与引き下げは、出向先の業績が悪化していても出向先が単独で決定・実施することはできません。給与決定権は原則として出向元にあり、実施には「出向協定の整備」「本人への書面による説明と同意取得」「就業規則・給与規程の変更確認」という3つの手続きを順に踏むことが求められます。特に本人同意については、山梨県民信用組合事件の最高裁判決が示すように「自由な意思に基づく合意」であることが問われるため、書面での明示と十分な説明が不可欠です。出向協定が未整備の中小企業では、今回の変更を機に書式を整えておくことが、将来のトラブル予防にもつながります。

「出向先から要請が来たがどう対応すべきかわからない」「同意書をどう作ればよいか」「そもそも出向協定が整っていない」——こうした状況でお困りの場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。人事専任担当者がいない中小企業の実情に合わせて、実務的なアドバイスを提供しています。

よくある質問

Q. 出向先の業績が悪化しています。出向者の給与を出向先が独自に引き下げることはできますか?

A. 原則としてできません。在籍出向では給与決定権は出向元の就業規則・雇用契約に基づくため、出向先が単独で変更することは出向元との労働契約違反になるリスクがあります。出向先が引き下げを求める場合は、出向元を通じた手続きが必要です。

Q. 本人が給与引き下げ後の給与を黙って受け取り続けた場合、同意したと見なせますか?

A. 見なせません。山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日)では、同意の有効性について「自由な意思に基づく合意かどうか」が厳格に判断されています。受領の継続のみでは有効な同意とは認められない場合があり、書面による明示的な同意取得が必要です。

Q. 出向協定がない状態で給与引き下げを進めることはできますか?

A. 法律上、出向協定の締結が必須とされているわけではありませんが、手続きの根拠が曖昧になります。出向協定がない場合は、今回の変更を機に出向元と出向先の間で覚書または出向協定を作成し、変更の根拠と手続きを明確にしたうえで本人同意を取得することを強くお勧めします。

Q. 本人が同意書への署名を拒否した場合、どうすればよいですか?

A. 拒否された場合、一方的に給与を引き下げることは原則として違法になります。拒否の理由を丁寧に確認し、引き下げ幅の見直し・段階的な引き下げ・業績回復時の回復条件の明示など、本人が受け入れやすい条件への変更を検討します。それでも合意が難しい場合は、専門家(社労士・弁護士)への相談をお勧めします。

Q. 就業規則が未整備(従業員10名未満)の場合でも、給与引き下げの手続きは必要ですか?

A. 必要です。就業規則の作成義務がない規模であっても、個別の雇用契約書に給与額が明記されている場合は、変更には本人との合意書が必要です。また、労働契約法の不利益変更に関するルールは従業員規模にかかわらず適用されます。書面での説明と同意取得は必ず行ってください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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