「グループ会社に社員を出向させたいが、給与はどちらが払うのか」「出向契約書を初めて作るが、何を書けばいいのかわからない」——在籍出向の実務に初めて向き合う経営者や兼務人事の方から、こうした相談が後を絶ちません。在籍出向は制度の仕組みを正しく理解していないと、給与負担の行き違いや社会保険の手続き漏れ、契約書の不備による後日トラブルに直結します。この記事では、給与負担の考え方から出向契約書の必須5項目、社会保険の実務まで、順を追って解説します。
在籍出向と転籍出向の違いを確認する
在籍出向とは、元の会社(出向元)との雇用関係を維持したまま、出向先の指揮命令のもとで働く形態です。転籍出向とは制度の性質が根本的に異なるため、最初に区別を明確にしておく必要があります。
在籍出向の定義
在籍出向では、出向元との雇用契約は継続されます。出向者は出向先でも業務を行いますが、出向元の社員という身分は失われません。出向元・出向先の双方と労働関係が生じるため、給与・社会保険・就業規則のいずれについても「どちらの会社のルールを適用するか」を契約書で明確にしておく必要があります。
転籍出向との決定的な違い
転籍出向(転籍)は、出向元を退職して出向先と新たに雇用契約を結ぶ形態です。出向元との雇用関係は終了するため、退職金の精算・社会保険の喪失・再加入など、退職と再雇用に準じた手続きが発生します。在籍出向と混同して手続きを進めると、「意図せず退職扱いになっていた」というトラブルが起きるリスクがあります。初めて出向を検討する際は、自社が想定しているのが在籍出向なのか転籍出向なのかを最初に確認してください。
在籍出向には本人の同意が必要
在籍出向は雇用契約の内容変更に相当します。就業規則や労働協約に出向命令権の規定があったとしても、実務上は本人と個別に合意を取ることが強く推奨されます。最高裁判決(新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件)でも、就業規則等の根拠がある場合に出向命令が有効とされた事例はありますが、同意なく強行すれば紛争リスクが高まります。出向辞令と併せて同意書を取得する運用を標準にしておきましょう。
給与の負担はどちらの会社が持つのか
在籍出向の給与負担は、「出向元と出向先が契約で自由に取り決める」というのが原則です。法令上の決まりはなく、出向元が全額負担する場合も、出向先が全額負担する場合も、双方が按分する場合も、いずれも適法です。
最も多い「立替精算方式」
実務でよく使われるのは、出向元が出向者に給与を全額支払い、出向先の負担分を後から出向元へ請求する方式です。たとえば月額給与30万円の社員をグループ会社に出向させる場合、出向元が30万円を支払い、月末に出向先へ20万円を請求書で請求するといった処理になります。給与計算の窓口を一本化できるため、給与支払いの実務負担が少なく済みます。
出向先が直接支払う方式の注意点
出向先が出向者に直接給与を支払う方式も存在しますが、この場合は出向元での社会保険継続との整合が複雑になります。給与の支払者と社会保険の加入先が異なる状態になるため、年金事務所への確認と契約書への明記が不可欠です。中小企業では対応が煩雑になりがちなため、原則として立替精算方式を選択する会社が多い実情があります。
負担割合の決め方
負担割合に法的な決まりはありませんが、実態に即した設計が重要です。出向者が出向先でほぼフルタイムで業務を行う場合は、出向先が大半を負担するのが合理的です。一方、グループ会社間での人材育成目的の出向では、出向元が相応の部分を持つケースも見られます。「なんとなく全額うちが負担している」状態は、税務上も問題になりえます。出向先への給与負担請求がない場合、税務当局から寄附金として認定されるリスクがあるため、適正な対価の請求を文書化しておくことが大切です。
出向契約書の必須5項目
出向契約書で最低限押さえるべき項目は、出向期間・業務内容・給与負担・就業規則の適用・指揮命令権の所在の5つです。口頭の約束だけで出向を進めると、後から「残業代はどちらが払うのか」「出向を途中で打ち切れるのか」といった争点が発生した際に対処できなくなります。
| 必須項目 | 記載すべき主な内容 |
|---|---|
| 出向期間 | 開始日・終了日・更新の有無と手続き方法 |
| 業務内容 | 出向者の氏名・担当職務の範囲・役職の取り扱い |
| 給与・賞与の負担割合と支払方法 | 誰がいくら負担し、いつ・どのように精算するか |
| 就業規則の適用 | 労働時間・休日・服務規律について元・出向先どちらを適用するか |
| 指揮命令権の所在 | 日常業務の指示は出向先、重要な人事決定は出向元、など項目ごとに明示 |
出向期間と中途解約条件
出向期間は開始日と終了日を明記し、更新する場合の手続き方法も定めておきます。また、業績悪化や組織変更など不測の事態に備え、どちらの会社がどのような条件で解約できるかを中途解約条項として記載しておきましょう。「いつでも解約できる」という曖昧な記載は、後のトラブルの元になります。
就業規則の適用と指揮命令権
労働時間・休日については、実態として指揮命令を行う出向先の就業規則を適用するのが一般的です。一方、服務規律(副業禁止・秘密保持など)は出向元のルールを引き続き適用するケースが多くあります。項目ごとに「どちらの会社のルールを適用するか」を明記することで、現場での混乱を防げます。なお、労働基準法上、労働時間・安全衛生に関する責任は、実態として指揮命令を行う出向先が負う部分が大きいとされています。
昇給・賞与・退職金の取り扱い
出向中に昇給が発生した場合の負担調整方法、出向先での賞与の有無、将来の退職金算定への影響についても、事前に取り決めを文書化しておくことが重要です。これらを曖昧にしたまま数年間出向が続くと、出向終了時に「退職金の算定期間はどうなるのか」という争いが起きる可能性があります。
社会保険・雇用保険の手続きはどうなるか
在籍出向中の社会保険(健康保険・厚生年金)は、出向元・出向先のいずれか一方で加入するのが原則です。二重加入にはなりません。雇用保険は、給与をより多く支払っている会社(主たる賃金を支払う事業主)で加入します。
社会保険の継続加入先をどう判断するか
出向先でほぼフルタイムで業務を行い、実態として出向先が使用者として機能している場合は、出向先での社会保険加入が原則となります。一方、出向元での継続加入が実務上行われているケースも多く、どちらが適切かは実態に応じた判断が必要です。判断に迷う場合は、管轄の年金事務所に確認することを強くお勧めします。いずれの場合も、保険料の負担は出向契約で定めた割合に応じて出向元・出向先間で精算するのが実務的な処理です。
雇用保険の取り扱い
雇用保険は二重加入が認められていないため、主たる賃金を支払っている会社(多くの場合は出向元)での加入を継続します。出向中に雇用保険の適用事業所が変わる場合は、喪失・取得の手続きが必要となります。担当者の交代などで手続きが放置されているケースが見られますので、出向開始時に必ず確認するようにしてください。
労災保険の扱い
出向中に業務上の災害が発生した場合、労災保険は実際に業務を行っていた出向先の保険が適用されます。出向先での安全衛生管理の責任は出向先が負うため、出向先の労働環境の確認も出向前に行っておくことが望まれます。
🔗 社員のメンタル不調に、精神科・心療内科医によるスポット産業医サービス →
規模・状況別の実務チェックポイント
自社の規模や出向の目的によって、対応すべき優先事項は変わります。以下のポイントを参考に、自社のケースに当てはめて確認してください。
グループ会社間の出向の場合
親会社から子会社への出向では、給与の全額を親会社が負担したまま子会社に請求しないケースが散見されます。この状態が続くと、税務上「寄附金」とみなされるリスクがあります。適正な対価を設定し、出向契約書と請求書で文書化することが、税務リスクの回避につながります。グループ間の出向であっても、契約書は必ず締結してください。
取引先・協力会社への出向の場合
取引関係にある会社への出向では、「出向」なのか「労働者供給」や「偽装請負」に該当しないかの確認が必要です。出向先での指揮命令が明確で、出向契約書が整備されており、出向元の雇用関係が維持されていれば在籍出向として適法に運用できます。しかし、実態が請負契約であるにもかかわらず出向の形式を取る場合は、職業安定法や労働者派遣法上の問題が生じる可能性があります。
就業規則に出向に関する規定がない場合
就業規則に出向命令権の根拠規定がない会社では、本人の個別同意なしに出向を命じることは困難です。出向を恒常的に活用する予定があるなら、就業規則に出向に関する条文を整備しておくことが先決です。10人未満の事業場では就業規則の作成・届出義務はありませんが、出向を実施する際はルールを文書化しておくことを強くお勧めします。
🔗 人事だけで抱えない。メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談 →
まとめ
在籍出向は、給与負担・社会保険・就業規則の適用という3つの論点を正確に整理した上で、出向契約書に明文化することが実務の要です。給与は出向元・出向先で自由に按分できますが、「なんとなく全額うちが持っている」状態は税務リスクを招きます。出向契約書には出向期間・業務内容・給与負担・就業規則の適用・指揮命令権の所在を最低限盛り込み、社会保険については実態に応じて年金事務所に確認した上で対応することが大切です。
ただし、出向の実務は会社の規模や業種、出向者のポジションによって判断が分かれることも少なくありません。「うちの場合はどうすればいいか」「契約書の書き方に不安がある」という場合は、人事の専門家に相談することをお勧めします。ウェルセンス株式会社では、在籍出向の契約書整備から社会保険の手続き確認、出向者のメンタルヘルス対応まで、専任人事のいない中小企業の人事実務を一緒に考えています。お気軽にご相談ください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


