ノルマ未達で給与を下げたら違法になるのか?

ノルマ未達で給与を下げたら違法になるのか? コンプライアンス
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「売上が足りなかった分、今月の給料は下げた」——そう口頭で伝えただけで給与を減額していませんか。実はこの対応、就業規則や雇用契約書の裏付けがなければ、労働基準法違反になりかねません。「ノルマを達成できなかったのだから当然だ」という感覚は経営者として自然ですが、法律の世界ではその感覚が通用しないケースが多くあります。この記事では、ノルマ未達を理由とした給与減額の合法・違法の分岐点を、具体的な法令と実務対応のポイントを交えて整理します。

「ノルマ未達=給与を下げてよい」は原則として成立しない

結論を先に述べます。就業規則や雇用契約書に明記された根拠がない限り、ノルマ未達を理由に給与を下げることは原則として違法になります。

賃金支払の大原則とは

労働基準法第24条は「賃金はあらかじめ定められた方法で支払わなければならない」と定めています。これは賃金支払5原則のひとつであり、「通貨払い」「直接払い」「全額払い」「毎月払い」「一定期日払い」と並ぶ基本ルールです。つまり、給与の計算方法や減額の条件は事前に文書で定められていなければならず、経営者が「業績が悪かったから」という理由で事後的に金額を変えることは、この原則に反します。口頭での申し渡しや、慣行として続けてきた運用は、法的な根拠にはなりません。

「当然の判断」が労基署案件になる理由

中小企業の経営者から「売れなかった分を引いただけなのに、なぜ問題になるのか」という声を聞くことがあります。しかし従業員が労働基準監督署(労基署)に申告した場合、監督官は就業規則・雇用契約書・賃金台帳・給与明細を突き合わせて確認します。そこに「ノルマ未達の場合に給与を減額する」という記載がなければ、企業側は説明のしようがありません。労基署の是正勧告や、最悪の場合には未払い賃金の遡及支払いを求められる可能性があります。

合法な業績連動給与には3つの条件がある

業績に連動して給与が変動する仕組み自体は合法です。ただし、合法であるためには設計と手続きの両面で条件を満たす必要があります。

就業規則・賃金規程への明記

業績連動給与が適法とされる最初の条件は、変動する賃金の算定方法が就業規則または賃金規程に具体的に定義されていることです。たとえば「月間売上が目標額の80%を下回った場合、インセンティブ部分をゼロとする」のように、計算式や閾値が明確に記載されている必要があります。「頑張り次第で給与が変わる」といった抽象的な記載では要件を満たしません。

雇用契約書への明示

採用時の雇用契約書に「当該報酬は業績連動型であり、算定方法は賃金規程に定める」と明示されていることが必要です。「固定給として採用したが、後から業績連動に切り替えた」という場合は、この条件をクリアできておらず、後述する不利益変更の問題が生じます。新規採用の段階から制度を明確にし、入社前に本人が内容を確認・同意できる状態にしておくことが基本です。

最低賃金を下回らない設計

業績連動型の給与設計において特に見落とされがちなのが、業績不振の月でも最低賃金を下回らないようにする義務です。最低賃金法第4条は、いかなる場合も最低賃金額以上の賃金を支払うことを義務づけています。インセンティブ型・歩合給型の設計では、売上が極端に低い月に支払総額が最低賃金を割り込む可能性があるため、基本給部分の設計時に最低賃金を安全ラインとして組み込んでおく必要があります。

既存の制度を変更する場合は「不利益変更」のルールが適用される

すでに固定給で雇用している従業員の給与体系を業績連動型に変更する場合、労働契約法上の「不利益変更」として扱われます。この手続きを踏まずに変更すると、変更自体が法的に無効とされるリスクがあります。

労働契約法第9条・第10条の概要

労働契約法第9条は「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定めています。第10条では、例外的に就業規則の変更による変更が認められる場合として「合理的な理由があり、かつ労働者に周知された場合」と規定していますが、合理性の判断は厳しく、以下の要素が総合的に考慮されます。

判断要素 確認すべき内容
不利益の程度 従業員の収入がどの程度下がるか
変更の必要性 経営上の合理的な理由があるか
代償措置の有無 代替のメリット(昇給余地など)が設けられているか
労使交渉の経緯 従業員代表との誠実な協議があったか
他の従業員の状況 一部の従業員だけが著しく不利になっていないか

「同意書があれば大丈夫」は誤解

「本人がサインした同意書があるから問題ない」と考えている経営者は少なくありませんが、これは誤解です。使用者側に有利な労働条件の変更を求める場面での同意は、強迫・錯誤・不当な圧力があったとして無効と判断されるリスクがあります。特に「サインしなければ雇用継続が難しい」という状況下での同意は、自由な意思に基づくものとは認められない場合があります。同意書の取得は必要ですが、それだけで不利益変更が適法になるわけではありません。

手続きとして必要なこと

就業規則を変更する場合、労働者の過半数を代表する者からの意見聴取と、所轄の労働基準監督署への届出が義務づけられています(労働基準法第89条・第90条)。意見聴取は「同意を得る」ことではなく「意見を聞く」プロセスですが、反対意見があった場合はその旨を意見書に記載して届け出ます。この手続きを経ずに実態だけを変えても、法的には変更が無効になりうる点を理解しておいてください。

「制裁としての減給」にはさらに厳しいルールがある

ノルマ未達を懲戒事由として減給処分を行う場合、労働基準法第91条による上限規制が適用され、業績連動型とは別のルールが厳格に存在します。

労働基準法第91条が定める上限

懲戒処分の一環として賃金を減額する「減給の制裁」について、労働基準法第91条は以下の上限を定めています。1回の違反行為に対する減給額は「平均賃金の1日分の半額以内」であること、また複数の違反があった場合でも「1賃金支払期における賃金総額の10分の1以内」を超えてはならないという規制です。たとえば月給30万円の従業員に対して減給できる額は、1賃金支払期あたり最大でも3万円が上限となります。

ノルマ未達を懲戒事由にする問題点

そもそも「ノルマを達成できなかった」こと自体を懲戒事由とすることは、非常にハードルが高いと考えるべきです。懲戒処分は就業規則に懲戒事由として明記されていなければ行うことができず、かつその内容が社会通念上相当な範囲に限られます。業績未達は、特段の不正行為や重大な過失がない限り、懲戒処分の対象として正当化することは難しく、もし行えば不当な懲戒処分として取り消されるリスクがあります。

最低賃金チェックの実務──計算で見落としやすいポイント

歩合給やインセンティブ型の給与設計では、最低賃金との比較計算を正確に行うことが不可欠です。計算方法を誤ると、合法のつもりで最低賃金法違反になっているケースがあります。

最低賃金の対象となる賃金の範囲

最低賃金との比較に用いる「賃金」は、支払われるすべての賃金ではありません。最低賃金法施行規則第1条により、以下の賃金は最低賃金の計算から除外されます。臨時に支払われる賃金(慶弔見舞金など)、月1回を超える頻度で支払われる精皆勤手当・通勤手当・家族手当、そして時間外・休日・深夜割増賃金がこれにあたります。つまり、月額給与の合計から通勤手当や残業代を引いた額を、所定労働時間で割った時間単価を都道府県の最低賃金と比較する必要があります。

業績不振月のシミュレーションを事前に行う

歩合給の設計をする際には、売上がゼロの月を想定したシミュレーションを必ず行ってください。基本給が低く設定されていて、インセンティブが入らなかった月に最低賃金を割り込むという設計は、名称が「歩合給」であっても最低賃金法違反です。最低賃金をクリアするための基本給の最低ラインを計算式で確認し、それを下回らない設計にすることが実務上の基本対応となります。

自社の制度を見直すための確認ポイント

現在運用している給与制度のリスクを確認するには、以下の順序で自社の状況を確認することが有効です。まず就業規則と賃金規程を確認し、次に雇用契約書との整合性を確かめ、そのうえで最低賃金との比較計算を行います。

就業規則・雇用契約書の確認

就業規則または賃金規程に、業績連動の算定方法が具体的に記載されているかを確認します。記載がなければ、現在の運用は法的根拠のない状態といえます。あわせて、雇用契約書に「業績連動型」である旨が明示されているかも確認してください。契約書に「月給○○万円」とだけ記載されている場合、その額が固定給として合意されているとみなされます。

従業員数・状況ごとの対応方針

  • 就業規則がない(常時10人未満の事業場):作成義務はないものの、雇用契約書に賃金の算定方法を詳細に記載することで代替する。新規採用者から順次整備するのが現実的。
  • 就業規則はあるが業績連動の記載がない:変更手続き(労働者代表への意見聴取・労基署届出)を経て賃金規程を整備する。既存従業員への変更は不利益変更として合意形成が必要。
  • すでに歩合給・インセンティブとして運用中:最低賃金割れのリスクがないかシミュレーションし、問題がある場合は設計を見直す。就業規則の記載内容が実態と合っているかも確認する。

社労士・専門家への相談タイミング

顧問社労士がいない場合、制度の新規設計や変更手続きは個人で対応するには複雑です。特に「固定給から業績連動型への切り替え」「インセンティブ設計の見直し」は、手続きを誤ると変更が無効になるリスクがあります。従業員からのクレームや労基署への申告を受けてからでは対応コストが大きくなるため、制度変更の前に専門家に相談することを強くお勧めします。

まとめ

ノルマ未達を理由に給与を下げることは、就業規則・賃金規程・雇用契約書に明記された根拠がなければ原則として違法です。業績連動型の給与設計自体は合法ですが、制度への明記・雇用契約書への明示・最低賃金を下回らない設計の3条件をすべて満たす必要があります。また、既存の固定給を業績連動に変更する場合は、労働契約法に基づく不利益変更の手続きが求められ、「同意書があれば問題ない」という対応だけでは不十分です。

制度設計に不安がある、現在の運用が適法かどうか確認したい、という場合はウェルセンス株式会社にご相談ください。専任人事のいない中小企業の給与制度・就業規則の整備から、従業員とのトラブル予防まで、実務に即した支援を行っています。

よくある質問

Q. 雇用契約書に「業績によって給与が変わる場合がある」と書いてあれば減額できますか?

A. その文言だけでは不十分です。「変わる場合がある」という抽象的な記載では、いつ・どのような条件で・いくら変動するかが明確ではなく、労働基準法第24条が求める「あらかじめ定められた方法」を満たしているとはいえません。算定式や閾値を具体的に定めた賃金規程への参照を含めることが必要です。

Q. 営業社員の歩合給を後から下げることはできますか?

A. 歩合率を引き下げることは、従業員にとっての不利益変更にあたります。一方的な変更は原則として認められず、従業員との合意が必要です。また就業規則・賃金規程の変更手続き(労働者代表への意見聴取・労基署への届出)も必要です。経営上の合理的な理由を丁寧に説明し、代償措置の検討も含めて進めることが実務上のポイントです。

Q. ノルマを達成できない従業員を懲戒処分にすることはできますか?

A. 業績未達それ自体を懲戒事由とすることは、非常にハードルが高いです。懲戒処分は就業規則に事由が明記されていることが前提であり、かつ処分の内容が社会通念上相当であることが求められます。不正行為や著しい職務懈怠を伴わない単純な業績不振では、懲戒処分の正当性が認められにくく、不当処分として取り消しを求められるリスクがあります。

Q. 従業員が10人未満で就業規則がない場合、業績連動給与を導入できますか?

A. 導入することは可能ですが、雇用契約書に賃金の算定方法を具体的かつ詳細に記載する必要があります。就業規則の作成義務は常時10人以上の事業場に課されていますが、10人未満であっても労働基準法上の賃金支払原則は適用されます。算定式・変動の条件・最低賃金を下回らない設計を契約書に盛り込んだうえで、本人の署名を得て合意することが基本対応です。

Q. 最低賃金との比較計算はどのように行えばよいですか?

A. 月給制の場合、支払総額から通勤手当・家族手当・精皆勤手当・時間外割増賃金などの除外項目を差し引いた額を、月の所定労働時間数で割ることで時間単価を算出します。この時間単価が都道府県の最低賃金額(時間額)を下回っていないかを確認します。最低賃金額は毎年10月頃に改定されるため、改定のたびに自社の設計が割れていないかを確認する習慣をつけることが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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