「休職中の社員が転職活動をしているらしい」——そんな情報が耳に入ったとき、多くの経営者・人事担当者がまず感じるのは「どう動けばいいかわからない」という戸惑いではないでしょうか。就業規則に明文規定がない、メンタル疾患が絡んでいて強く出づらい、法的リスクが怖い……。このガイドでは、そうした複雑な状況を整理しながら、会社として取り得る現実的な対応手順をわかりやすく解説します。
休職中の転職活動は「禁止」できるのか
結論から言えば、就業規則に明文規定がなくても「一切関与できない」わけではありません。ただし、懲戒処分など強い措置には明確な法的根拠が必要であり、まず状況を正確に把握することが先決です。
法律上の「禁止規定」は存在しない
日本の労働法には「休職中の転職活動を禁止する」と明示した条文はありません。転職活動はあくまで「就労の準備行為」であり、副業・兼業(実際に他社で働くこと)とも異なります。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2018年策定・2022年改定)も転職活動の制限については直接触れていません。
「信義誠実の原則」は根拠になり得る
では、会社は何もできないのでしょうか。そうではありません。労働契約法第3条第4項は、労働者と使用者の双方に「信義に従い誠実に行動する義務(信義誠実の原則)」を課しています。休職の目的は「療養・回復」であり、回復に専念するとして休職中の社員が活発に転職活動を行うことは、この信義則上の問題として会社側から指摘できる余地があります。ただし、信義則だけを根拠に懲戒処分を下すのはリスクが高く、実務上は慎重な対応が求められます。
就業規則の有無で「できること」が変わる
会社が取り得る対応の幅は、就業規則の整備状況によって大きく異なります。下表を参考に、自社の現状を確認してください。
| 就業規則の状態 | 懲戒処分 | 事実確認・指導 | 復職判断への考慮 |
|---|---|---|---|
| 休職中の行動制限が明記されている | 可能性あり(要件充足が前提) | 可能 | 可能 |
| 規定がない・古い規則のまま | 原則困難 | 可能 | 可能 |
| 就業規則自体がない(10人未満等) | 原則困難 | 可能 | 可能 |
発覚直後にやるべき事実確認の進め方
噂・伝聞レベルの情報で会社が一方的に動くと、後々のトラブルに発展しやすくなります。まず丁寧に事実を確認し、記録を残すことが出発点です。
情報源の精度を見極める
「他の社員から聞いた」「SNSを見た」など、情報の入手経路はさまざまです。伝聞情報をそのまま本人に突きつけると、本人が強く否定した場合に会社側が窮地に立たされることがあります。まず情報の信憑性(本人のSNS投稿、採用サービスの登録情報のスクリーンショットなど)を確認し、事実として扱える根拠があるかどうかを整理してください。
本人へのヒアリングは「確認」のスタンスで
事実確認の面談を行う際は、「転職活動をしていると聞いたが本当か」と問い詰めるのではなく、「現在の体調や今後の意向を確認したい」という復職に向けた面談として設定するのが現実的です。面談の中で「回復状況はどうか」「今後のキャリアをどう考えているか」を自然に尋ねることで、本人が自ら状況を話す場を作ります。面談記録は必ず書面で残しておきましょう。
記録と証拠の保全を忘れずに
事実確認の過程でわかった情報、面談の日時・参加者・やりとりの概要は、後日の復職判断や万一の法的紛争に備えて記録化しておくことが重要です。情報が口頭だけで流れてしまうと、会社が適切に対応した証拠が残りません。
転職活動の事実を復職判断にどう活用するか
転職活動の事実は、懲戒の根拠としてではなく「復職可否を判断するための材料」として活用するのが、法的にも整合性のある現実的なアプローチです。
「回復状況の確認」を主治医・産業医に依頼する
転職活動ができる程度に体調が回復しているなら、「そもそも復職できる状態ではないか」という疑問は合理的です。会社は主治医や産業医に対して、「本人が外出・活動できる状態にあること」を共有したうえで、就労可能性の改めた評価を依頼することができます。産業医がいる場合(従業員50人以上の事業所は産業医選任義務あり)は、産業医面談を通じて職場復帰の可否を客観的に確認してもらう流れが適切です。
復職を延期・条件付きにする判断基準
主治医が「就労可能」と判断した場合でも、会社側は産業医意見書や復職支援プランをもとに「段階的復職」「配置転換」などの条件を提示できます。一方で、「転職活動をしていたから」という理由だけで復職を一方的に拒否することは、不当な扱いとして争われるリスクがあります。復職判断はあくまで「就労可能かどうか」を軸に行い、転職活動の事実はその判断を補強する材料として位置づけましょう。
復職意欲の確認という視点
転職活動が明らかになった場合、「自社への復職意欲が本当にあるのか」を確認するきっかけにもなります。本人が「復職はつもりがない」と明言した場合は、退職合意に向けた話し合いに進む選択肢も生まれます。この場合も、会社側が一方的に退職を迫る形は退職強要とみなされるリスクがあるため、本人の意向を丁寧に確認しながら合意形成を進めることが重要です。
傷病手当金と転職活動の関係——会社はどこまで関与できるか
傷病手当金を受給しながら転職活動をしている場合、不正受給の問題が生じる可能性があります。ただし、会社が直接申告・通報する義務はなく、対応の判断は慎重に行う必要があります。
傷病手当金の受給要件と「労務不能」の意味
傷病手当金(健康保険法第99条)は、「労務に服することができない状態(労務不能)」であることが受給要件です。積極的に転職活動を行い、面接に参加したり採用の意思決定をしたりしている状態が「労務不能」にあたるかは、判断が難しい場面もありますが、明らかに活動的な状態であれば保険者(協会けんぽ・健康保険組合)の判断次第で不正受給と認定される可能性があります。
会社が取れるアクションの範囲
会社には傷病手当金の受給状況を保険者へ通報する法的義務はありません。ただし、会社が把握した事実(本人の活動状況など)を、産業医への情報提供や復職面談の中で共有することは可能です。また、主治医が「労務不能」と証明しているにもかかわらず実態が異なると感じた場合、会社として主治医に状況を伝え、診断の見直しを求めることも一つの手段です。強引な通報よりも、まず主治医・産業医を介したルートで対応することが現実的です。
就業規則の整備——今からできること、できないこと
就業規則に休職中の行動制限が定められていない場合、今から整備することは将来への備えとして有効ですが、現在進行中の休職者への遡及適用は原則できません。
遡及適用は原則禁止
労働契約法第9条・第10条は、就業規則の不利益変更に関して労働者の不利益となる変更を一方的に行うことを制限しています。就業規則を新たに整備・変更しても、変更前に始まった休職には原則として変更後の規定は適用されません。「今いる休職者に適用できる」という期待で急いで規則を変更しても、その効果は限定的です。
今から整備すべき規定の内容
将来の対応力を高めるために、以下の内容を就業規則に盛り込んでおくことを検討してください。
- 休職中の報告義務(定期的な状況報告・連絡先の維持など)
- 休職の目的に反する行為の禁止(療養専念義務の明文化)
- 他社での就労・副業・兼業に関する届出・禁止規定
- 復職判断に際して会社が求める情報提供の範囲(主治医意見書、産業医面談への同意など)
- 上記に違反した場合の懲戒事由としての明記
就業規則の変更は、過半数労働者の代表(または過半数組合)への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です(労働基準法第89条・第90条)。規則の整備には法的な判断が必要になるため、社会保険労務士や弁護士に依頼して進めることをお勧めします。
整備後の運用も合わせて設計する
規則を整備しても、運用の仕組みが伴わなければ機能しません。休職開始時に「休職中の行動に関するルール」を本人に書面で説明・交付するプロセスを設けることで、後から「知らなかった」という反論を防ぐことができます。また、定期的な状況確認の面談スケジュールを組むことで、問題の早期発見にもつながります。
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メンタル疾患が絡む場合の注意点
精神疾患による休職者に対しては、通常の対応以上に配慮が求められます。対応の誤りが「ハラスメント」「不当な圧力」として訴えられるリスクがあるため、慎重さと記録管理が特に重要です。
「働けるなら復職できるはず」という判断は慎重に
メンタル疾患の回復は直線的ではなく、「転職活動の面接に行けた日」と「仕事に復帰できる状態」は必ずしも一致しません。会社が独自判断で「転職活動ができるなら元気なはずだ」と結論づけることは、専門的な根拠を欠いた判断として問題になり得ます。必ず主治医・産業医の意見を経た上で、就労可能性を評価してください。
本人への連絡・面談の方法に注意する
メンタル疾患の休職者への連絡は、主治医から「連絡を控えるよう」指示が出ているケースもあります。面談を設定する際には、事前に主治医の了承を得るか、本人の同意を確認してから進めることが望ましいです。面談の内容・回数・方法についても、「業務上の必要最小限」の範囲に留め、プレッシャーをかけすぎないよう配慮してください。
記録が会社を守る
メンタル疾患の休職者対応は、後から「会社に追い詰められた」「不当な圧力をかけられた」と主張されるリスクがあります。面談の日時・場所・参加者・話した内容の概要を必ず記録に残し、メールや書面でやりとりを補完しておくことで、会社が適切な対応をとってきた事実を示せるようにしてください。
まとめ
休職中の転職活動が発覚した場合、就業規則に明文規定がなくても「何もできない」わけではありません。信義誠実の原則(労働契約法第3条第4項)に基づく指導、復職判断における考慮、主治医・産業医を通じた就労可能性の再確認——これらは規則の整備状況にかかわらず実施できる対応です。一方で、懲戒処分や復職拒否には明確な法的根拠が必要であり、特にメンタル疾患が絡む場合は慎重さが求められます。まずは事実確認・記録化・面談による状況把握を丁寧に進め、将来の備えとして就業規則の整備も検討してください。
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