「うちの退職金規程、休職のことなんて書いてないな……」——休職者が出て初めて、そう気づく経営者・人事担当者は少なくありません。退職金規程を整備した当時は休職を想定しておらず、いざ休職から退職へと移行するケースが出たとき、「休職期間を勤続年数に入れて計算するのか、外すのか」の判断に困ってしまう。専任人事がいない環境では、その場の判断で乗り切ってしまいがちですが、それが後のトラブルの火種になります。この記事では、法的な整理から規程整備の具体的な方法まで、実務担当者が自社に当てはめて判断できるよう解説します。
休職期間の勤続年数算入、法律はどう定めているか
結論から言えば、「休職期間を勤続年数に算入するかどうか」を強制するルールは、法律上存在しません。ただし、だからこそ規程の整備が重要になります。
退職金制度は「規程で決まる」仕組み
退職金制度は、労働基準法上、会社に必ず設けなければならない義務はありません。しかし、就業規則や退職金規程に制度を定めた場合、その内容は労働契約の内容として効力を持ちます(労働契約法第7条)。つまり、規程に書いたことは会社・労働者の双方を拘束する「約束」になります。休職期間の算入可否も、この規程に定めた内容がそのまま適用されます。
規程に書いていない場合のリスク
「規程に記載がないから、会社の裁量で控除できる」と考えるのは危険です。規程が沈黙している状態では、控除する法的根拠がなく、後から控除しようとすると「未払い退職金がある」として請求を受けるリスクがあります。規程の空白は「会社の自由裁量」ではなく、「控除の根拠がない」と解釈される方向に働きます。古い規程のまま運用している企業ほど、この落とし穴にはまりやすい状況です。
休職の「種類」によって扱いが変わる重要ポイント
休職をひとまとめに語ると、法令違反を招く恐れがあります。休職・休業の根拠法令によって、退職金計算上の取り扱いが異なります。
私傷病休職(メンタル不調を含む)の場合
うつ病・適応障害などメンタル不調による休職は「私傷病休職」に分類されます。この場合、勤続年数への算入可否は純粋に就業規則・退職金規程の定め次第です。法令上、特別な算入義務はありません。ただし、後述するように、変更する際には不利益変更の手続きが必要になります。
労災(業務上災害)による休職の場合
業務上の傷病による療養・休業期間については、労働基準法第19条による解雇制限が設けられています。退職金の算定においても、労災休職を私傷病休職と同一に扱って不利益な控除を行うと、紛争リスクが高まります。規程を整備する際は、「業務上の傷病による休職」と「私傷病による休職」を明確に分けて記載することが重要です。
育児休業・介護休業の扱いには法令上の制限がある
「休職」と「休業」は似て非なるものです。育児休業・介護休業は育児・介護休業法に基づく権利であり、同法第10条・第16条等において不利益取扱いの禁止が明記されています。退職金算定上、育児休業・介護休業期間を不利益に扱うことは法令違反となる恐れがあります。私傷病休職と一括りにして規程を書くと、意図せず法令に抵触するケースがあるため注意が必要です。
「算入しない」方向で規程を整備したい場合の考え方
休職期間を勤続年数から控除したい場合、規程の設計には2つのパターンがあります。どちらを選ぶかは自社の運用実態と照らし合わせて判断します。
「控除型」と「完全不算入型」の違い
| パターン | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 控除型 | 勤続年数の総計から休職期間の日数を差し引いて計算する | 休職期間の正確な記録管理が必須。計算が複雑になりやすい |
| 完全不算入型 | 休職期間は勤続年数に算入しないと明記する | シンプルだが、算入・不算入の区切り日を明確にする必要がある |
どちらのパターンを選んでも、「どの種類の休職を対象にするか」を明示することが不可欠です。私傷病休職のみ適用するのか、産業医対応を経た場合に限るのか、など具体的な条件を書き込まないと、後の解釈トラブルになります。
規程に盛り込むべき記載事項
実務上、退職金規程に休職期間の扱いを記載する際は、以下の点を明記することが推奨されます。まず、対象となる休職の種類(私傷病・業務上災害・育児介護休業などを区別)を明示します。次に、控除の計算方法または「算入しない」旨の明確な文言を置きます。そして、休職開始日・復職日・退職日の記録管理方法と、それらを退職金計算に反映させるプロセスを社内で整えておくことも重要です。「書いた」だけでなく「運用できる」状態にすることが、トラブル予防の要です。
規程整備の過程で「うちの場合はどう適用すればいいのか」と判断に迷う場合は、その段階で相談することが重要です。後から修正する手間と心理的負担は、事前の相談で避けられます。
既存規程を変更する場合の不利益変更対応
これまで休職期間を含めて勤続年数を計算してきた、あるいは規程に記載がなく算入扱いで運用してきた場合に、「算入しない」方向へ変更することは就業規則の不利益変更(労働契約法第10条)に該当しうるため、適切な手続きが必要です。
不利益変更に必要な手続きの流れ
就業規則の変更が労働者にとって不利益な内容を含む場合、変更の「合理性」と「周知」の両方が求められます。合理性の判断には、変更の必要性、変更内容の相当性、労働者が受ける不利益の程度、代償措置の有無などが考慮されます。また、常時10名以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の変更に際して労働者代表の意見聴取(労働基準法第90条)と労働基準監督署への届出が必要です。意見聴取は「同意」ではなく「聴く」ことが要件ですが、丁寧な説明を行うことが後のトラブル回避につながります。
周知の方法と注意点
変更した就業規則・退職金規程は、すべての労働者に周知しなければ効力が生じません(労働基準法第106条)。書面での配布、社内イントラへの掲載、説明会の実施などが典型的な手段です。20〜50名規模の企業では、全員が参加できる短時間の説明会を開き、質問を受け付けた記録を残しておくと、後から「知らなかった」というトラブルを防ぎやすくなります。変更日・説明日・受領確認のサインなど、日付のわかる記録を残すことが重要です。
属人的な運用からの脱却——記録と規程の整備が守りになる
「前の担当者がそう言っていた」「昔からそうしてきた」という口頭慣行に頼った運用は、退職金をめぐるトラブルが起きたとき、会社を守る根拠になりません。
過去の運用実態を棚卸しする
規程整備の前提として、まず自社のこれまでの運用実態を確認します。過去に休職から退職した社員がいた場合、退職金をどう計算したかの記録はあるか。休職期間を含めて計算したか、控除したか。その根拠は何だったか。これらを記録・整理することで、現在の「事実上のルール」が浮かび上がります。過去の運用と新規程の間にギャップがある場合は、そのギャップ自体がリスクになりうるため、専門家への相談が有効です。
規程整備は「何かあってから」では遅い
メンタル不調で休職した社員が退職に至るケースは、もともと関係性が難しくなっている状態です。退職金の計算をめぐるトラブルが重なると、会社側・本人側ともに消耗します。規程が整備されていれば、「規程にはこう書いてあります」と示すことができ、感情的な対立に発展しにくくなります。退職金規程の整備は、トラブル発生後の対応策ではなく、日常的なリスクマネジメントの一環です。
まとめ
休職期間を退職金の勤続年数に算入するかどうかは、法律上の強制ルールはなく、就業規則・退職金規程の定め次第で決まります。規程に記載がなければ「会社の裁量で控除できる」わけではなく、むしろ控除の根拠がない状態として未払い請求のリスクを招きます。整備の際は、私傷病休職・労災休職・育児介護休業を区別して記載すること、「控除型」か「完全不算入型」かを選択すること、既存の運用から変更する場合は不利益変更の手続きを踏むことが重要です。また、規程を整備しても周知が不十分では効力が生じないため、説明記録を残すことも忘れずに。
「うちの規程、休職の記載があるか確認したい」「変更したいが不利益変更に当たるか判断できない」「過去の運用と今の規程のズレが心配」——そうした状況に直面している経営者・人事担当者は少なくありません。人事の専任者がいない中での判断は、その場しのぎになりやすく、後のトラブルに発展することもあります。ウェルセンス株式会社は、休職・復職支援と人事労務の両面から、20〜50名規模の企業の実態に合った規程整備や運用をサポートしています。規程作成の段階から、変更手続き、周知方法まで、実務的なアドバイスが可能です。必要に応じて相談をご活用ください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
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